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聞こえなかった人の被爆体験、手話で伝える 息づかいや話し方も再現
2026.08.30
手話通訳士山口みゆきさん(64)=広島県廿日市市=は、原爆投下時に耳が聞こえなかった、ろうあの被爆者の体験を手話で伝える活動をしている。NPO法人・広島県手話通訳問題研究会の伝承班ができた2016年からのメンバーだ。
1990年代半ば、知人に誘われ公民館の手話体験講座に参加したのが手話との出会い。元々は保育士で、96年に手話ができる保育士資格を持つ人を探していた保育園を手伝う機会があった。「聞こえない子どもたちが大きくなった時に一緒に手話ができたらいいな」と手話を続け、2006年に手話通訳士の資格を取った。
伝承班メンバーになってから、1945年にろう学校の中等部を卒業した村田ヨシエさん(2018年に死去)の自宅に何度も通い、村田さんが表現する被爆体験の手話を、そのまま再現できるようになるまで練習した。山口さんは「手話は方言もあるし、年齢や育った環境などで違う場合もあります。話し方や息づかいまで、その人になりきって伝えるようにしています」と話す。
伝承する相手は、ろう者と聞こえる人の双方。そのため、聞こえる人に対しては、手話を日本語で音声通訳する人も一緒に伝承する。
山口さんは「ろう者の被爆者は情報が少なく、被爆10年後に開館した原爆資料館の展示を見て広島に落ちたのが原爆だと知った方もいます」。
村田さんの体験を伝承するほか、幼少期に被爆して家族とはぐれ孤児となった田中正夫さん(21年死去)を描いた紙芝居(広島市立基町高校制作)も手話で伝える。
山口さんの祖母は広島市の中広町(現西区)で叔母を背負っていて被爆した。爆風で吹き飛ばされ、叔母はそれ以来、見つかっていないと母から聞いた。祖母から直接聞いたことはなかった。
市のヒロシマ・ピース・ボランティアとして、ろう者に平和記念資料館や慰霊碑を案内することもある。(翁長忠雄)
◇
〈ろう者の被爆〉 一般社団法人・広島市ろうあ協会によると、広島で被爆したろう者は少なくとも190人。聴覚障害のため情報が限られ、原爆や放射線被害について知るまで長い時間がかかったり、被爆者健康手帳の取得が遅れたりした。
1990年代半ば、知人に誘われ公民館の手話体験講座に参加したのが手話との出会い。元々は保育士で、96年に手話ができる保育士資格を持つ人を探していた保育園を手伝う機会があった。「聞こえない子どもたちが大きくなった時に一緒に手話ができたらいいな」と手話を続け、2006年に手話通訳士の資格を取った。
伝承班メンバーになってから、1945年にろう学校の中等部を卒業した村田ヨシエさん(2018年に死去)の自宅に何度も通い、村田さんが表現する被爆体験の手話を、そのまま再現できるようになるまで練習した。山口さんは「手話は方言もあるし、年齢や育った環境などで違う場合もあります。話し方や息づかいまで、その人になりきって伝えるようにしています」と話す。
伝承する相手は、ろう者と聞こえる人の双方。そのため、聞こえる人に対しては、手話を日本語で音声通訳する人も一緒に伝承する。
山口さんは「ろう者の被爆者は情報が少なく、被爆10年後に開館した原爆資料館の展示を見て広島に落ちたのが原爆だと知った方もいます」。
村田さんの体験を伝承するほか、幼少期に被爆して家族とはぐれ孤児となった田中正夫さん(21年死去)を描いた紙芝居(広島市立基町高校制作)も手話で伝える。
山口さんの祖母は広島市の中広町(現西区)で叔母を背負っていて被爆した。爆風で吹き飛ばされ、叔母はそれ以来、見つかっていないと母から聞いた。祖母から直接聞いたことはなかった。
市のヒロシマ・ピース・ボランティアとして、ろう者に平和記念資料館や慰霊碑を案内することもある。(翁長忠雄)
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〈ろう者の被爆〉 一般社団法人・広島市ろうあ協会によると、広島で被爆したろう者は少なくとも190人。聴覚障害のため情報が限られ、原爆や放射線被害について知るまで長い時間がかかったり、被爆者健康手帳の取得が遅れたりした。