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津波の教訓や震災の経験、カルタに 宮城・石巻の被災者が作成
2026.04.03
(か)門小(かどしょう)は 津波の教訓 子や孫へ――。東日本大震災の津波で壊滅的な被害に遭った宮城県石巻市門脇(かどのわき)地区の被災者が、震災の経験や教訓を伝える手作りの「かどのわき震災カルタ」を作った。地名や方言も盛り込まれ、当時の避難の様子も浮かび上がる。
「門小」は、海から約700メートルに位置する石巻市立門脇小学校のこと。2011年3月11日は津波で校舎の1階が浸水し、2~3階は火災で炎上した。その後、焼けた教室などを保存し、市の震災遺構として津波と火災の猛威を伝えている。
震災カルタを作ったのは、かどのわき町内会(本間英一会長)の住民ら8人。短歌大会などで歌を詠んできた経験を生かし、震災当時のことなどを読み句にしていった。
(ね)ねっぱって ハエ取りリボン真っ黒け
震災があった11年の夏はハエが大量に発生。支援物資のハエ取りリボンをぶら下げると真っ黒になるほどハエがとれた。「避難所の体育館ではやることがないので毎日ハエたたき。100匹がノルマでした」。絵札はハエ取りリボンが髪の毛にくっついてしまい「ねっぱる~っ!」と、ユーモラスに表現した。
読み句はできたが、困ったのは絵札だった。震災は絵で表現しにくいものもある。誰が描くのか。筆名「なべの『酒楽』」と名乗る渡辺和俊さん(74)は「小学校以来」という絵筆をとって「1日1枚」のペースで水彩画を描いた。描くほどに上達し、仲間にもほめられて「絵心があったんだな~」と自賛した。
(へ)ヘリコプター 空から助けがやってきた
全国からヘリコプターがやってきて、市立病院の患者らも救助された。津波で流された住宅の2階に閉じ込められた住民は震災から9日後に救助された。この時、助けられた男性は、筆名「じんの『北斎』」として絵札作りに協力した。
(ち)チリ地震津波の経験が 仇(あだ)となり
1960(昭和35)年のチリ地震津波で石巻の被害は大きくなく、家も流されなかった。当時を知る住民の中には東日本大震災で避難せずに亡くなった人もいる。過去の経験は通用しなかった。
(ほ)ボランティア 泥かき 片付けありがとう
(も)もらってうれしい 支援物資に 感謝の念
(せ)世界中から たくさんの支援 ありがとう
津波ですべて流され、支援がありがたかった。ボランティアへの感謝も忘れない。計44枚で震災カルタができた。
読み句の原案や解説を担当した本間会長(77)は「震災後は余裕もなかった。15年を前にカルタにできた。津波の教訓を残すことができてよかった」。若い世代に門脇の歴史や震災のことを学んでほしい。
震災カルタとは別に、石巻港のにぎわい、旧北上川の渡し船、市民憩いの日和山など地元の歴史や文化、名勝などを伝える「かどのわき今昔カルタ」(44枚)もできた。震災で門脇を離れた住民には懐かしい内容だ。
カルタは、公益社団法人「3.11メモリアルネットワーク」が制作に協力し、ホームページにカルタの解説書を公開している。カルタは貸し出す。問い合わせは本間さん(090・9536・2354)へ。(柳沼広幸)
「門小」は、海から約700メートルに位置する石巻市立門脇小学校のこと。2011年3月11日は津波で校舎の1階が浸水し、2~3階は火災で炎上した。その後、焼けた教室などを保存し、市の震災遺構として津波と火災の猛威を伝えている。
震災カルタを作ったのは、かどのわき町内会(本間英一会長)の住民ら8人。短歌大会などで歌を詠んできた経験を生かし、震災当時のことなどを読み句にしていった。
(ね)ねっぱって ハエ取りリボン真っ黒け
震災があった11年の夏はハエが大量に発生。支援物資のハエ取りリボンをぶら下げると真っ黒になるほどハエがとれた。「避難所の体育館ではやることがないので毎日ハエたたき。100匹がノルマでした」。絵札はハエ取りリボンが髪の毛にくっついてしまい「ねっぱる~っ!」と、ユーモラスに表現した。
読み句はできたが、困ったのは絵札だった。震災は絵で表現しにくいものもある。誰が描くのか。筆名「なべの『酒楽』」と名乗る渡辺和俊さん(74)は「小学校以来」という絵筆をとって「1日1枚」のペースで水彩画を描いた。描くほどに上達し、仲間にもほめられて「絵心があったんだな~」と自賛した。
(へ)ヘリコプター 空から助けがやってきた
全国からヘリコプターがやってきて、市立病院の患者らも救助された。津波で流された住宅の2階に閉じ込められた住民は震災から9日後に救助された。この時、助けられた男性は、筆名「じんの『北斎』」として絵札作りに協力した。
(ち)チリ地震津波の経験が 仇(あだ)となり
1960(昭和35)年のチリ地震津波で石巻の被害は大きくなく、家も流されなかった。当時を知る住民の中には東日本大震災で避難せずに亡くなった人もいる。過去の経験は通用しなかった。
(ほ)ボランティア 泥かき 片付けありがとう
(も)もらってうれしい 支援物資に 感謝の念
(せ)世界中から たくさんの支援 ありがとう
津波ですべて流され、支援がありがたかった。ボランティアへの感謝も忘れない。計44枚で震災カルタができた。
読み句の原案や解説を担当した本間会長(77)は「震災後は余裕もなかった。15年を前にカルタにできた。津波の教訓を残すことができてよかった」。若い世代に門脇の歴史や震災のことを学んでほしい。
震災カルタとは別に、石巻港のにぎわい、旧北上川の渡し船、市民憩いの日和山など地元の歴史や文化、名勝などを伝える「かどのわき今昔カルタ」(44枚)もできた。震災で門脇を離れた住民には懐かしい内容だ。
カルタは、公益社団法人「3.11メモリアルネットワーク」が制作に協力し、ホームページにカルタの解説書を公開している。カルタは貸し出す。問い合わせは本間さん(090・9536・2354)へ。(柳沼広幸)