スペシャルインタビュー
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【西川貴教さん】「自分にできることを、できるだけ長く」 被災地支援、続ける思い
2011年の東日本大震災をきっかけに、チャリティープロジェクト「STAND UP! JAPAN」を立ち上げた西川貴教さん。多くのアーティストやクリエイターと共に活動し、息の長い被災地支援を続けてきました。プロジェクトを通じて西川さんが実感したのは、「一人ひとりの小さな行動が、大きな流れを生む」ということ。活動開始から15年が経った今、これまでの歩みと進化、そして“誰かのために動く”理由について聞きました。
震災2日後に支援を表明、すぐに動いたのは阪神・淡路の悔しさがあったから

――西川さんは東日本大震災のわずか2日後に、予定していたライブをチャリティーイベントへ変更すること、募金窓口の設置を計画していることなどをSNSで発信しました。すぐに行動を起こした理由を教えてください。
31年前の阪神・淡路大震災のとき、上京したばかりの僕は、見慣れた街並みが180度変わってしまった様子を東京の小さな部屋のテレビでただ眺めていることしかできませんでした。その悔しさがずっと残っていたからこそ、東日本大震災では少しでも力になりたいという思いで発信しました。
「今の自分にできることは何か」。そう考えたのは僕だけではなくて、まわりのアーティストたちも同じでした。「支援をしたいけれど、どうしたらいいかわからない」という相談は、本当に多かったです。
だったら、僕一人で何かをするよりも、世代を超えたアーティストとも、ジャンルの異なるクリエイターとも交流のある自分が、みんなの活動の受け皿になるような仕組みを作った方がいいと考えました。そこで、社会貢献活動へのハードルを下げ、みんなの最初の一歩を後押しできるようにと立ち上げたのが、チャリティープロジェクト「STAND UP! JAPAN」でした。
――物資を送ったり、現地でボランティアをしたりと、支援にはさまざまな形がありますが、「STAND UP! JAPAN」はチャリティーイベントやオークションなどで集めた募金を、中央共同募金会を通じて被災地で活動するボランティア団体へ届けました。
みなさんの善意がどれくらい集まって、いつ、どんなことに使われているのかを明確にできないような活動にはしたくなかった。だから、僕は一切お金に触れることなく、託された募金がそのまますべて被災地で使っていただけるような支援の仕方を選びました。
スピード感を重視するなら自分の普通預金で募金用口座を作ればいいんですけど、それだと振込手数料がかかってしまいます。当時まだ小さかった僕のおいっ子たちも、被災地のために100円、200円を寄付したいと話していましたが、子どもたちのせいいっぱいの金額から手数料は引かれたくないなと思いました。それで、手数料がかからない募金専用口座を持つ慈善団体に協力をお願いしました。
当時はどの団体にも同じような問い合わせが寄せられていたようで、なかなか難しいものがあったのですが、粘り強く僕の話を聞いてくださったのが赤い羽根共同募金で知られる中央共同募金会のみなさんでした。

――震災から15年が過ぎました。支援について、今どのように感じていますか?
東日本大震災から間もない頃、仕事で大阪を訪れたときのことです。たまたま入った飲食店で、近くのお客さんが被災地の様子を伝えるテレビを見ながら「言うても、まだ関西(阪神・淡路大震災)かて終わってへんで」と話していました。その言葉が印象的で、今も心に残っています。
当時は阪神・淡路大震災から16年。それだけの時間が経っても「まだ終わっていない」と感じる人がいるのだから、東日本大震災から15年が経った今、街並みは復興していても同じような思いを抱く人は当然いるはずです。そうした方々の気持ちに、これからも寄り添っていきたいと思っています。
旗振り役で15年、支援を全国に届ける体制へ進化

東日本大震災の直後にSTAND UP! JAPANを立ち上げ、募金を呼びかける西川貴教さん(ディーゼルコーポレーション提供)
――「STAND UP! JAPAN」のこれまでの募金総額は、1億8千万円以上にのぼります。
金額うんぬんではなく、賛同してくれた多くの人たちが、被災された方々の心に寄り添いたい、力になりたいと思ってくれたことがすごくうれしいです。一人ひとりの行動は小さな雫のように感じられるかもしれませんが、その一雫一雫が集まれば大河になり、大きなうねりへと変わっていきます。
「STAND UP! JAPAN」は専用口座への振り込みだけでなく、チャリティーイベントやオークションなど、さまざまな形で募金を行ってきました。支援の方法はそれぞれ違いますが、こういった幅広い支援の形があると広く知ってもらえたことは、このプロジェクトを実現できて一番よかったことだと感じています。
仕事で東北を訪れると、「ありがとう!」と声をかけてもらったことが何度もあります。そんなときはいつも、「いただいた言葉は、あのプロジェクトを支えてくれたみんなに一人でも多く伝えます」と返しています。

――西川さんは、2024年の能登半島地震のときも発生翌日にSNSで被災地支援を表明しました。東日本大震災のときと同様に、とてもスピーディーな対応でした。
何かあったときに、自分にできることを迷わず実行する心構えでいたいと常に思っています。能登半島地震をきっかけに、「STAND UP! JAPAN」は東日本大震災を軸としたチャリティープロジェクトから、全国の災害・被災地支援へと活動の幅を広げました。日本各地のさまざまな災害に対応できる形にした方が、中長期的に被災された方々の力になれると考えたからです。
能登半島地震では、中央共同募金会の「ボラサポ・令和6年能登半島地震」を支援しています。「ボラサポ」は被災地で活動するNPOやボランティア団体を資金面で支える取り組みです。被災状況や時間の経過によって必要な支援は変わっていくため、ケース・バイ・ケースの対応が求められるのですが、その判断を僕がするのは難しい。だからこそ、状況に合わせて適切な支援ができる団体を、中央共同募金会を通して支えるのがベストだと判断しました。
同会からは、被災地でどんなことが起きているか、些細なことでも教えてもらうようにしています。ただ「支援しています」で終わりにするのではなく、自分でも現状をきちんと把握して、認識を共有することが大切だと思っています。
みんなが誰かのために動ける世の中に

ふるさとの滋賀県で2009年から続けている「イナズマロック フェス」。昨年は2日間で約8万人が来場した(ディーゼルコーポレーション提供)
――西川さんは、2009年から毎年9月に故郷の滋賀県で野外音楽イベント「イナズマロック フェス」(2026年から「FEST.INAZUMA(フェスト イナズマ)」)を開催しています。収益の一部を寄付しているとのことですが、どのような取り組みか教えてください。
海外の博物館や美術館では、チケット代の一部がチャリティーに充てられていることがよくあります。僕は単純に博物館を楽しんだだけなのに、それが寄付になる。これってすごくいいなとずっと思っていて、同じやり方を取り入れました。
チケット代に含まれる寄付金は、滋賀県民にとって一番大きな存在である琵琶湖の環境保全に使っていただいています。それとは別に、出演アーティストのみなさんの協力でチャリティーオークションも行い、公共トイレを改修したり、琵琶湖の在来種・ニゴロブナの稚魚を40万匹放流したりする費用に充ててきました。
「イナズマ」では県に地元の調整を主にお願いしています。様々な方に協力いただき、17年続けたことで、行政や企業、団体との連携が広がりました。地域に根ざして続けてきた「イナズマ」の経験は、「STAND UP! JAPAN」の活動にも生きています。
――誰かのために動く、その原動力はどこからきているのでしょうか。

活動を長く続けるのは本当に大変で、何のためにやっているのかなってよく考えるんですけど、やっぱり家族や自分の周りの人たちを幸せにしたいからなんですよね。2008年に滋賀ふるさと観光大使に任命されて、地域のために何ができるか考えていたとき、真っ先に思い浮かんだのは、母親のことでした。当時は、病気になってしまったお袋に会いたくても忙しくて時間がとれない状況だったので、だったら仕事で帰ればいいじゃん、というのが実は「イナズマ」の原点なんです。
「イナズマ」の10周年まであと2年のタイミングでお袋は亡くなってしまったけれど、もうその頃には地域のみなさんから「来年も楽しみにしてるで!」と言ってもらえるイベントになっていました。それで、これからはお袋の代わりに滋賀県民140万人を自分の家族として幸せにしようと決めたんです。
「STAND UP! JAPAN」も、原動力は同じです。地方が元気じゃないと、日本は元気にならないですから。チャリティーと名のつくものに限らず、仕事でも趣味でもどんな活動でも、誰かのために何かをしようってマインドでみんなが動けば、社会は絶対にもっと良くなると信じています。

――これからボランティアを始めてみようと思っている方に向けて、メッセージをお願いします。
社会貢献と聞くと構えてしまうかもしれませんが、たとえば銭湯で片付けられていないタオルを拾ってカゴに入れる、そんな感覚でいいと思います。「自分一人の行動では何も変わらない」なんてことはなくて、一人ひとりの小さな行動が大きな流れを作るきっかけになるということを、僕自身「STAND UP! JAPAN」や「イナズマ」を通して実感しました。
とはいえ、今はSNSでいろんな人の意見が可視化されるから、僕に「偽善者」と言ってくる人もいます。東日本大震災のときなんて、寝食も忘れて、実入りを度外視してまでやっているのにこんな言われ方をするのかと、結構しょげました。
でも、そんな僕にお袋がかけてくれたのが、「偽善者でいいんじゃないの?」という言葉でした。僕を見て、自分もいいことをしようと思う人が誰か一人でも増えてくれたらそれでいいんじゃないかって言うんですよ。
だからもし、「いい人ぶろうとしている」と思われたくなくて一歩踏み出せずにいるなら、やらないよりやった方が絶対にいい。「あのときああしていれば」という後悔は、ずっと残るものです。僕はこれからも自分が正しいと思うことをして、大切な人たちを幸せにするための活動を続けていきます。