体験談
最近、災害ボランティアに参加する中で、ふと考えることがある。
人を助けるということは、いったい何なのだろう。
被災地に足を運び、泥をかき出し、土のうを作り、土砂に埋もれたマンホールを掘り起こす。被災された方々の生活を少しでも取り戻せるように、自分にできることを一つひとつ積み重ねていく。
一見すると、私が誰かを助けているように見えるかもしれない。
けれど、何度も活動に参加するうちに、あることに気づいた。
誰かに何かを与えているつもりが、実は自分自身も、たくさんのものを受け取っていたのだ。
それは、目には見えないもの。
感謝の言葉だったり、仲間と力を合わせる喜びだったり、自分の手で何かを成し遂げたという確かな実感だったりする。
お金では決して買うことのできない、心の奥深くに満ちていくような充足感。
そして先日の日曜日、災害ボランティアの現場で、忘れられない風景に出会った。
青く澄んだ空。陽の光に照らされた緑の田園。遠くに連なる裏山。そして、静かに伸びていく一本の道。
まるで絵画のような美しい景色だった。
その場所にただ立っているだけで、なぜか涙がこみ上げてきた。
まるで『となりのトトロ』の世界に迷い込んだような気持ちだった。
特別なことが起きたわけではない。誰かに何かを言われたわけでもない。
ただ、その風景を眺めていたら、心の奥からこんな言葉が湧き上がってきた。
「この世界は、こんなにも美しかったんだ。」
思えば、日々の生活には、向き合わなければならないことがたくさんある。
仕事、家庭、責任、そして簡単には解決できない悩み。
目の前の問題を一つひとつ乗り越えようとするあまり、立ち止まって周りを見渡す余裕を失ってしまうこともある。
けれど、あの日、私は立ち止まった。
そして、気づいた。
この世界には、まだこんなにも美しい景色があること。
人と人との間には、こんなにも温かなつながりがあること。
そして、自分の心には、まだこんなにも深く何かを感じる力が残っていること。
災害ボランティアに参加すると、身体は疲れる。泥にまみれ、汗を流し、時には筋肉痛になることもある。
それでも、活動を終えたあと、心の中には不思議な充実感が残る。
それは、単に人の役に立てたという満足感だけではないのだと思う。
誰かのために行動することで、人とのつながりを感じ、自分の存在にも意味があるのだと実感できる。
誰かに力を与えることが、自分の力にもなる。
誰かの生活を少しでも良い方向へ変えようとすることが、自分自身の心をも少しずつ変えていく。
人を助けることは、一方通行ではない。与えることと受け取ることは、互いにつながっているのだ。
もしかすると、私が感じているのは、そんな心の交流から生まれる「救い」なのかもしれない。
それは、すべての悩みが消えることでも、人生が突然うまくいくようになることでもない。
いろいろなことがあっても、美しい景色に心を動かされること。
誰かの優しさに感謝できること。
そして、自分もまた、誰かのために手を差し伸べたいと思えること。
その一つひとつが、私の心を少しずつ温めてくれている。
私は、世界中のすべての問題を解決することはできない。
けれど、自分にできることはある。
目の前に困っている人がいれば、自分にできることをする。
仲間と力を合わせ、一つでも多くの困難を乗り越える。
そして、誰かの明日が少しでも明るくなるように、自分の力を使う。
その積み重ねの中で、これからも人とのつながりを感じ、この世界の美しさを見つけていきたい。
誰かを助けるために出かけたはずなのに、気づけば、自分自身も大切なものを受け取っていた。
あの日、裏山を眺めながら感じた、あの温かな気持ちを忘れずにいたい。
この世界は、こんなにも美しかったんだ。
そして、これからもこの世界を見ていたい。
もっといろいろな景色に出会いたい。
もっと多くの人とつながりたい。
自分にできることを続けながら、この世界にある温かさを感じていたい。
誰かのために行動することが、自分自身の生きる力にもなる。
それが、今、私が災害ボランティアを通じて感じていることだ。