体験談

給水所から見える情景

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ボランティア
掲載日 2026.09.14

 これまで東京マラソンやレガシーハーフマラソン当日のボランティア活動は、黄色いウェアを着るコース整備が主だったが、青いウェアの給水係を務めたことも二度ある。往路と復路が一度ずつであるが、レースも佳境に入ってランナーに疲労の色が見え始めた復路の方が、やはり印象深い。時は2022年10月、まだマスク着用が義務付けられていた頃のレガシーハーフマラソンで、場所は東京ドームを正面に臨む水道橋地点であった。
 給水所の仕事は、長机や段ボールの飲み物を荷下ろしするところから始まる。電解質飲料とミネラルウォーターの2種類の飲み物が用意されていて、予めペットボトルから紙コップに注ぎ、板を挟んで3段に積み上げてランナーの到着を待つ。走って来るランナーがコップを倒したり零したりするのが通例だから、コップに半ばほどしか注がないのが心得だし、給水係は濡れる覚悟で臨まなくてはならない。幸い私はミネラルウォーターしか担当したことがないが、電解質飲料を零されるとヤッケがベト付いて後始末が少々厄介だと聞く。
 準備ができて一息つく頃に、外堀通りの反対側に往路の先頭ランナーが現れて、風のように神保町方面に駆け抜けていく。長く伸びた隊列に遠くから手を振るが、実は悠長に構えている暇はなかった。存外早く先頭が復路に近付いていると聞いて焦ってしまう。
 最初に給水所の前に姿を現すのは車椅子ランナーだが、彼らは水筒を持参しているらしく、こちらには目もくれない。次に招待選手がやって来るが、彼らは他所で専用ドリンクを準備しているのか、やはり素通りして、虎視眈々とスパートのタイミングを計っている。
 最初にコップに手を伸ばすのは、それに次ぐ準エリートランナーであるが、彼らの手付きにはさすがに慣れを感じさせる。鷹が急降下して獲物を襲うように、上からコップを摘み上げるから、相当な速度で走り抜けるのにコップを倒すことが少ない。それに続く市民ランナーの猛者連になると、そこまでの熟練はないのか、横殴りに手を伸ばしてコップを薙ぎ倒す光景も見られる。紙コップが取られる度に、ランナーに面した列に紙コップを送り出さねばならない。著名人がレースに参加していた、とは後から聞くだけで、私たちにはランナーの顔を逐一見ている余裕などない。 ありがとう・・・Thank you・・・誰が発したか分からない言葉が風に舞い散る。
 そして、先頭ランナーがテープを切ってかなり経った頃に、本レースの真打ちが現れる。もちろんマス層たる市民ランナーである。彼らの足元は重く、コップをひっくり返すほどの勢いはない。しかし、バテているから水を2杯3杯とガブ飲みする人もいて、見る間にコップが減ってくる。やがてランナーの影が次第に疎らになって、レース終了の近いことを感じさせる。覚束ない足取りで給水所を去っていく、一人のランナーの影を見遣る。ここからゴールの国立競技場までには、市ヶ谷から四ツ谷台に登っていく長坂が、まだ最後の難関として立ち塞がっているというのに。~どうか歩いてでも完走して下さい~ 愛すべき市民ランナーに私たちが差し上げられるのは、水の他には声援しかないのだけれど。

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