体験談
パンデミック前の記憶:東京2020大会ボランティア選考プロセスの記録
| 掲載日 | 2026.02.24 |
Tokyo Explorer
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東京オリンピック・パラリンピックの開催から、まもなく5周年という大きな節目を迎えようとしている。世間一般には、それは2021年の夏の出来事として記憶されているかもしれない。しかし、その舞台裏を支える一員になろうと決意したボランティアたちにとって、物語の始まりはそれよりもずっと前へと遡る。私の物語は、2013年、アルゼンチンのブエノスアイレスで行われたIOC総会で「TOKYO 2020」の名が呼ばれた、あの歴史的な瞬間から始まっていた。
1. 2013年:心に決めたあの日から2018年の公募まで
開催都市が東京に決定したあの日、テレビの画面越しに沸き立つ歓喜の渦を見て、私は直感的に「自分もこの歴史の一部になりたい」と強く願った。日本に住む一員として、この地で世界を迎えるために自分にできることは何か。その答えが、ボランティアとして参加することだった。それから5年間の月日が流れ、ようやく訪れたのが2018年9月26日、公式ボランティアの募集開始日だ。
私はその日が来るのを心待ちにしており、初日に迷わずオンラインでのエントリーを完了させた。募集サイトにアクセスし、自分のこれまでの経験や、大会への情熱を一つひとつの項目に打ち込んでいく。希望する役割や活動場所を慎重に選んでいく作業は、5年前からの夢がようやく形になり始めた瞬間であり、まるで未来への招待状を自分で書いているような高揚感に包まれていた。当時はまだ、後に決まる「フィールドキャスト」や「シティキャスト」という名称すら存在せず、私たちはただ「大会ボランティア」という大きな夢の欠片を追いかけていたのだ。
2. 2019年3月:有楽町「東京スポーツスクエア」での対面
書類選考を通過した後に待っていたのが、2019年3月に行われた有楽町での選考プロセスだ。会場となった「東京スポーツスクエア」には、今でも山手線に乗って有楽町駅を通過するたび、車窓から見えるあの建物を眺めては、当時の緊張感を思い出す。春の訪れを感じる季節、会場内は、老若男女を問わず、多様な人々が放つ熱気に満ちあふれていた。
この3月の時点でも、私たちの愛称はまだ決まっていなかった。名称案への投票こそ行われていたが、自分たちが最終的に何と呼ばれ、どのようなユニフォームを纏うのかも分からないまま、ただ「世界を迎え入れたい」という純粋な思いだけで集まっていたのだ。そこで行われたグループワークは、今振り返っても非常に示唆に富んでいた。特に印象深いのが、数人の初対面のメンバーでチームを組み、新聞紙だけを使って「どれだけ高いタワーを作れるか」を競ったチームビルディングだ。言葉や世代の壁を越えて知恵を絞り、タワーが完成した瞬間に上げた歓声。あの有楽町の空間で、私たちは「協力すること」の難しさと喜びを学んだ。
3. 2019年10月:代々木で感じた「あと一年」の鼓動
選考を経て、2019年10月。ついに共通研修(一般トレーニング)が始まった。舞台は代々木にある「国立オリンピック記念青少年総合センター」だ。この時期のトレーニングは、それまでとは比べものにならないほどのエキサイティングな空気に包まれていた。なぜなら、私たちが当時信じて疑わなかった「2020年大会」の本番まで、すでに一年を切っていたからだ。
私が参加したのは、主に日本在住の外国人を対象とした「英語によるトレーニングセッション」だ。当時の統計では、応募者の約1割強が外国籍の住民であったと言われており、会場には実に国際色豊かな顔ぶれが揃っていた。日本を母国のように愛する私たちが、独自の立場からどう世界を迎え入れるか。研修では、「日本の事情に精通した外国人」だからこそできる、きめ細やかなサポートの形が議論された。窓の外の秋の気配を感じながら、私たちは「あと数ヶ月で世界がここに来る」という確実な予感とともに、プロフェッショナルとしての意識を磨き上げていった。
4. 対面トレーニングという「最後の特権」
私自身、これまでにも様々なイベントでボランティアを経験してきたが、この時期の研修プロセスには特別な感慨がある。それは、これらすべての過程を「対面」で経験できたことだ。2019年後半、私たちは同じ部屋に集まり、直接言葉を交わし、代々木のキャンパスでその場の空気感を共有することができた。
後に、多くの研修や選考プロセスがオンラインへと移行していったことを考えると、本番まで一年を切ったあの熱気あふれる時期に対面でのトレーニングを完遂できたことは、ボランティアとして非常にエキサイティングで貴重な体験だったと言える。画面越しではない、生の人間同士の交流から生まれる連帯感こそが、大会を支える真のエネルギーになったのだ。
5. 結び:受け継がれるボランティア・スピリット
2013年の招致決定から始まった長い旅路。2019年3月の有楽町の熱気、そして同年10月の代々木での高揚感。あのパンデミック前の純粋な期待に満ちたプロセスは、私にとって単なる準備期間ではなく、自分自身がこの社会の一員として、どう世界と繋がっていくかを深く考えるかけがえのない人生の章となった。
5周年という節目を前に改めて思うのは、あの対面での対話と、刻一刻と迫る大会へのカウントダウンの中で形作られたアイデンティティの尊さだ。あの時、代々木のキャンパスを吹き抜けた風や、共に学んだ仲間たちの真剣な眼差し。それらすべてが、今の私のボランティア精神の根底に流れている。