活動のヒント
193の国と地域と難民選手団から、1,992人の選手が集結した「東京2025世界陸上」(以下、世界陸上)。9月13日から21日までの9日間、東京・国立競技場では連日熱戦が繰り広げられました。この大会の運営を支えたのが、約3,000人のボランティアです。ボランティアとして活動したお二人に、活動の内容やその魅力について聞きました。
世界的なスポーツの祭典「世界陸上」。約3,000人のボランティアが活躍
世界陸上の東京開催は34年ぶり。世界のトップアスリートの躍動に、総入場者数は約62万人と、国内開催の陸上競技大会として過去最高を記録しました。

「世界陸上」の熱戦が繰り広げられた国立競技場
会場のいたるところに江戸紫のポロシャツを着たボランティアの姿があり、来場者の案内や関係者の誘導など、幅広い役割を担当しました。
ボランティアの応募総数は、約8,000人。これまでにボランティア経験のない方や外国籍の方、活動中に配慮が必要な方もバランスよく採用されているということです。年代別では50代が最も多く28%、次いで60代が24%、18~29歳が20%と若い世代も含めて幅広い世代の方が活動しました。
活動期間は、開幕前の8月25日から閉幕後の9月23日まで。国立競技場だけでなく、空港、ホテル、練習会場などもボランティアの活動の場でした。

国立競技場内の様子
無理なく、楽しく活動できるのがスポーツボランティアの魅力
実際に、ボランティアはどのような活動をしたのでしょうか。
9月20日。国立競技場の入場ゲートでは、キローラン裕美子さんが来場者のチケット確認をしていました。「こちらへどうぞ!」。キローランさんの明るい声と表情に、来場者も自然と笑顔に。スマートフォンに表示された電子チケットを専用機器でピッ、ピッと読み取りながら二言、三言会話を交わし、場内へと誘導します。
「私が担当したゲートは入ってすぐにトラックが目に飛び込んでくるので、来場者が『広い!』『すごーい!』と感動している様子を間近で見られるんです。楽しい気持ちを共有できて、私もうれしくなります」

チケット確認のボランティアをしたキローラン裕美子さん
大会期間中は、土日を中心に5日間活動しました。4日目のこの日はすっかり慣れた様子で、海外からの来場者とも「メリーランド州から? 私、ホームステイしていました。……40年も前だけど!」と、短い会話を楽しみます。
「心がけているのは、まずは日本語で話しかけること。『こんにちは!』とあいさつすると、うれしそうに返してくれるんですよ。英語は日常会話程度しかできないですが、問題なく活動できました」
キローランさんにとって初めてのボランティアは、2021年の東京オリンピック・パラリンピック。案内の活動をするはずが無観客開催となり、ほとんど活動できずに終わりました。その不完全燃焼感が次のボランティア活動への意欲につながったといいます。
これまでさまざまなスポーツ関連のボランティアに参加してきたキローランさん。ゆるキャラのアテンドや表彰式のサポートを担当したこともあるそうで、「思いもよらない経験ができるのも、ボランティアの醍醐味」だと感じています。
世界陸上では、一流選手のパフォーマンスを間近で見たり、観客の熱気を肌で感じたりと、充実した時間を過ごしました。
「会場にいる人は選手も観客もボランティアもみんな前向きで、どなたと接しても楽しい。これはスポーツボランティアならではの良さだと思います。ボランティアは、できることをできるときにやればいいもの。生活の中に無理なくちょっとボランティアの時間をつくる感じで、これからも続けていくつもりです」

来場者に笑顔で接するキローランさん
感動の瞬間を間近で 普段接する機会がない人との交流も
同じ日。平井友貴さんはメディア対応のボランティアとして、朝6時に競歩の選手が通過するゲート近くのフォトエリアで活動を始めました。記者やカメラマンが誤って競技エリアに立ち入らないよう見守るのが、主な役割です。

メディア対応のボランティアをした平井友貴さん
「海外の記者の方など、普段接する機会がない人との交流が面白いんです。注意しなければならない場面でも、ジェスチャーと笑顔で伝えるようにしています」
7時半に、女子20km競歩がスタート。平井さんは国立競技場を出ていく選手たちに心の中でエールを送りました。約1時間20分後に選手たちが戻ってくると、目の前を藤井菜々子選手が3位で通過。4位との差はわずかで、平井さんは後続の選手を迎えながらも、「がんばれ!」と思わず祈ったそうです。
藤井選手の銅メダルが確定し、国立競技場から歓声が上がった瞬間は、一緒に活動していた人と喜びを分かち合いました。「日本記録が塗り替わる瞬間に立ち会えるなんて、なかなかないこと。会場一体となって感動を味わえるのもスポーツボランティアの魅力です」
平井さんが初めてスポーツボランティアを経験したのは、2012年の名古屋ウィメンズマラソンです。地元開催だったこともあり、学生時代のボーイスカウトの経験を生かしたいと参加。「初めてなのにリーダーを任されて戸惑いましたが、ベテランの方に助けられて乗り越えられました」
そのベテランの方が言った、「みんなに『楽しかった』って思ってもらえるのが良いリーダー。一つのチームになれたらどんな大会でも成功する」という言葉は、今も平井さんの心に残っています。「選手も大会関係者もボランティアも、みんなが『楽しかったな』で終われたら一番いい形ですよね」
その後は、ラグビーワールドカップ2019、東京2020オリンピック・パラリンピックなど数々の大会に参加。VIP対応、関係者の輸送と、毎回異なる役割に挑戦し、他のボランティアの動きや経験から学びを得てきました。
「オリパラ以降、ボランティア一人ひとりの経験がレガシーになっていて、その積み重ねと共有の輪の広がりが次の大会の質を高めていると感じます」
2023年には、陸上競技公認審判員の資格を取得。来年の第20回アジア競技大会では競技役員としてボランティアに参加したいと考えています。
「ボランティアで得られるものの大きさは、やってみて初めてわかるもの」と、平井さん。「いきなり大きな大会で活動するのは自信がないなら、地元の大会から始めてみても。やってみないとわからない、特別なワクワク感が味わえますよ」

平井さんはいろいろなスポーツの国際大会のボランティアをしている
ボランティアの笑顔と熱意が、スポーツの大会を成功に導く
大会を終えて、公益財団法人東京2025世界陸上財団にてボランティアを担当している下条さんと永山さんに、ボランティアと接して心に残ったことを伺いました。
永山さんは「笑顔と熱意で周囲に良い影響を与えながら活動する姿に感動し、ボランティアの強い一体感も感じました」と語り、下条さんは「みなさんそれぞれが、今その場で何が必要かを考えて動いてくださったことが、大会の成功につながったと思います」と振り返りました。
アスリートの活躍や会場の熱気を間近で体感できるのが、スポーツボランティアの一番の魅力です。「特に今回のような国際大会では、国籍を超えた交流ができたり、普段の生活では出会えない人に関わったりと、自分のコミュニティを広げられるのも参加の醍醐味です」と、永山さん。
下条さんも「開幕前は『英語ができないから心配』『初めてで不安』と話す方もいましたが、大会終了後は『参加できてよかった』という感想が多く寄せられました。最終日に『楽しかったね!』と声をかけあう姿も印象に残っています」と話します。
「不安があっても、一歩踏み出せばかけがえのない経験が待っています」と語るお二人。スポーツの感動を支える側に立つことで、自分自身の成長も実感できるというスポーツボランティアに、ぜひ一度参加してみませんか?