ボランティア関連ニュース(外部記事)
- 環境・動物愛護
- 地域活性・まちづくり・観光
川崎発祥「長十郎梨」を次世代に 由来の新品種「かわさき」11年かけ開発 市民グループ「長年の努力が実を結んだ」
2026.08.28
川崎発祥の「長十郎梨」に由来するナシの新品種づくりに取り組む市民グループ「多摩川クラブ」が今夏、11年かけて栽培にめどを付けた。川崎市多摩区生田の農園では、「かわさき」と名付けた新品種がたわわに実っている。クラブ代表で俳優の中本賢さん(70)は「長年の努力が実を結んだ。川崎に長十郎の歴史が残ればうれしい」と喜ぶ。(佐藤圭)
中本さんらは2015年春、生田の農園で長十郎などを生産する太田隆行さん(61)や県農業技術センターの専門家の協力を得て、長十郎と県産品種「菊水」を交配。収穫した実から500個ほどの種を採取し、ボランティアの市民らに育ててもらった。
交配で新品種ができる確率は何万分の1とされる。クラブのメンバーでもある川崎市中原区の安藤直明さん(57)方の木に18年、初めて実がなったが、味も大きさもいまひとつだった。そこで原木から接ぎ木した「2代目」を太田さんの農園に移植。味や収穫時期などの試行錯誤を経て、1玉最大500グラムの大玉に仕上がった。太田さんは「長十郎ならではのジャリジャリとした食感を残しつつ、菊水独特の甘みと酸味が感じられる。味も色も両者のちょうど中間だ」と強調。安藤さんは「ここまで大きくなるとは思わなかった。本当に感慨深い」と目を細める。
長十郎は1893(明治26)年、大師河原町(現在の川崎市川崎区)の畑で見つかった。畑の持ち主の屋号から長十郎と命名。病害虫に強い性質が評判を呼び、大正時代には全国のナシ栽培面積の6割を占めた。しかし、昭和時代の後半に入ると、甘みが強くてやわらかい「幸水」「豊水」などの人気品種に押されて衰退した。現在、市内約100軒のナシ農家でも、長十郎を手がけるのは太田さんら数軒にすぎない。
多摩川クラブは2003年、中本さんと市民有志が結成し、小学校への出前授業などで多摩川の魅力を伝えてきた。活動の中で長十郎の存在を知った中本さんらは、太田さんの父嘉治さんの下で長十郎づくりを手伝った。05年には、長十郎の苗木を発祥の川崎区に運ぶイベントも実施した。
嘉治さんが12年に病気で亡くなると、農園の存続が危ぶまれた。結局、隆行さんが後を継いだものの、隣接するナシ農家は後継者不在などで廃業に追い込まれた。中本さんらは、長十郎を次世代に引き継ごうと、ゆかりの新品種の開発を決意。名前は当初から「かわさき」に決めていた。中本さんを支えてきたクラブメンバーの阿部英夫さん(66)=川崎区=は「今の人たちの好みに合う『かわさき』という名のナシがほしかった」と振り返る。
クラブでは今後、新品種として農林水産省に出願するか検討する。中本さんは「『かわさき』を多くの人に知ってもらい、長十郎を生み出したご先祖や故郷に誇りを持ってもらいたい」と話している。
中本さんらは2015年春、生田の農園で長十郎などを生産する太田隆行さん(61)や県農業技術センターの専門家の協力を得て、長十郎と県産品種「菊水」を交配。収穫した実から500個ほどの種を採取し、ボランティアの市民らに育ててもらった。
交配で新品種ができる確率は何万分の1とされる。クラブのメンバーでもある川崎市中原区の安藤直明さん(57)方の木に18年、初めて実がなったが、味も大きさもいまひとつだった。そこで原木から接ぎ木した「2代目」を太田さんの農園に移植。味や収穫時期などの試行錯誤を経て、1玉最大500グラムの大玉に仕上がった。太田さんは「長十郎ならではのジャリジャリとした食感を残しつつ、菊水独特の甘みと酸味が感じられる。味も色も両者のちょうど中間だ」と強調。安藤さんは「ここまで大きくなるとは思わなかった。本当に感慨深い」と目を細める。
長十郎は1893(明治26)年、大師河原町(現在の川崎市川崎区)の畑で見つかった。畑の持ち主の屋号から長十郎と命名。病害虫に強い性質が評判を呼び、大正時代には全国のナシ栽培面積の6割を占めた。しかし、昭和時代の後半に入ると、甘みが強くてやわらかい「幸水」「豊水」などの人気品種に押されて衰退した。現在、市内約100軒のナシ農家でも、長十郎を手がけるのは太田さんら数軒にすぎない。
多摩川クラブは2003年、中本さんと市民有志が結成し、小学校への出前授業などで多摩川の魅力を伝えてきた。活動の中で長十郎の存在を知った中本さんらは、太田さんの父嘉治さんの下で長十郎づくりを手伝った。05年には、長十郎の苗木を発祥の川崎区に運ぶイベントも実施した。
嘉治さんが12年に病気で亡くなると、農園の存続が危ぶまれた。結局、隆行さんが後を継いだものの、隣接するナシ農家は後継者不在などで廃業に追い込まれた。中本さんらは、長十郎を次世代に引き継ごうと、ゆかりの新品種の開発を決意。名前は当初から「かわさき」に決めていた。中本さんを支えてきたクラブメンバーの阿部英夫さん(66)=川崎区=は「今の人たちの好みに合う『かわさき』という名のナシがほしかった」と振り返る。
クラブでは今後、新品種として農林水産省に出願するか検討する。中本さんは「『かわさき』を多くの人に知ってもらい、長十郎を生み出したご先祖や故郷に誇りを持ってもらいたい」と話している。